韓子温さん:
最後にひとつだけ、ここまでに否定的意見が目立つようになった要因を考えて…
これは単に、物語が、『レイニーブルー』あたりで急速に増えたにわかファンたちの期待とは反対の方向に動いている、というのが真相ではないでしょうか。
私の後輩が『特別でないただの一日』あたりの時期に日記に書いていたものを読むと、彼はマリみてを「シスタープリンセス」と重ね合わせているんですね。
確かに、共通点はいろいろあります。
まず、少しずつ特徴の違う人物が多数登場します。無印でいきなり薔薇ファミリーが8人登場。『黄薔薇革命』の1冊で動かしてその後につながる人物は実質11人。これは通常の定石からすれば明らかに多すぎる人数です。
(通常は4人程度がストーリーを理解しやすい人数。だから「銀杏の中の桜」は乃梨子・瞳子・志摩子だけ頭に入れておけば読めますし、無印も蓉子・祥子・祐巳・優以外は頭に入っていなくても読めます。『黄薔薇革命』も、単独で読むなら令・祥子・祐巳・由乃だけで十分。しかし、「ロサ・カニーナ」あたりから、把握しておくべき人数が増えてきます。)
目に付くところでは、「妹」が共通のキーワードです。
そして、これは日本語ゆえの妙技なのですが、同一の相手方に対する呼びかけ方がひとりひとり違います。(新刊で祐巳が融をかばったときの周囲の反応や、「片手だけつないで」で志摩子が薔薇の館の上級生全員から呼び捨てにされることへの快感に注目。)
これは読解のキーポイントになっていて、たとえば新刊p11の「祐巳ちゃん、ど、どうしたの!? えっ、祥子も!?」は、それに続く地の文がなくても、「祐巳ちゃん」と「祥子」のふたつの言葉から令の台詞だと分かりますし(これはどちらか片方だけで必要十分!)、話を遡ってOK大作戦の第一回会合の場面などでも、呼び方や敬語法から誰の台詞だか読み解かなければいけない台詞があります。これは高校の古文の授業でさんざんやらされる技法です。マリみては現代文の作品でありながら、この技法を駆使する必要があるわけです。
が、「シスタープリンセス」の12人の妹たちは製作陣が好き勝手(arbitrary)に「造」ったものなのに対し、マリみての多数の登場人物は、
まず「銀杏の中の桜」が前提として存在して、
それと整合するように祥子・令・志摩子を「創」り、
さらにそれと整合するように蓉子・祐巳・由乃・聖・優を創り、
以上に対して最良のスパイスとなるように蔦子・三奈子・真美を創り、
優・祥子・祐巳・瞳子とすべて整合するように祐麒に肉付けを施し、
福沢姉弟と整合するように小林くんを創り、
祥子・祐巳・由乃と整合するようにアリスを創り、
祐麒と整合するように日光・月光を創り(ただ、優とは整合しづらくなっています)、
というふうに、いわば必然の積み重ねです。江利子はその意味では異端ですが、それでも、『レディ、GO!』以降はそれまでの挙動との整合性が求められています。
つまり、いわゆる「キャラクターが作者の手を離れて独り歩きする」という状態です。これを今野先生が割と早い時期から自覚していたということが、『いとしき歳月・後編』のあとがきから読み取れます。
とすると現在の状態は、今野先生が祐巳と瞳子をゴールインさせようとしても、蓋然性の高い着地点が見つからない状態なのです。祐巳と優の関係もまだすっきりしませんし、祐巳と瞳子がゴールインする時点までには、由乃と菜々がゴールインするための土台を完成させておかなければいけません。瞳子を支えるための乃梨子の肉付けもまだまだ足りません。
しかしながら、作者は登場人物を好き勝手に動かせる、と思い込んでいる人たちが、結果を焦っている、これが真相だと思っています。
ただ、出してみたものの結局日の目を見なかった「遊び駒」の整理は、
1.「BGN」での桂さんクラス替え(桂さんファンには申し訳ないのですが、この時期以降の祐巳や志摩子と同格に話ができる外野陣は、蔦子・真美くらいしかいません。だから、このうち志摩子を除く3人が修学旅行で一緒の班になったのです。…というか、『黄薔薇革命』で桂さんを革命便乗組に回して、その便乗組を蔦子がまとめて一刀両断にした時点で、彼女は捨て駒になってしまいました。)
2.『特別でないただの一日』以降の祐巳・可南子の距離増大(ただし可南子は、乃梨子や瞳子に対して、祐巳に対する蔦子・真美のような使い方をする可能性は残っています。蔦子・真美の後継者として形式的に日出実や笙子をあてがっても、乃梨子や瞳子を支えるには荷が重いです。)
3.前作での令の進路変更(令が祐巳や由乃を相手にして活躍できる火種はもう残っていません。個人的にはひとつだけ、令主役で期待しているシナリオがあるのですが、それは実現したとしても枝葉末節です。令・清子の組み合わせは面白いのですが、単体では物語を作れません。)
4.そして、今回の婚約解消(祥子は祐巳の姉、優は瞳子の従兄、と両陣営に分かれました。祥子は『特別でないただの一日』での主役降板騒動あたりから、祐巳を経由しないと瞳子に口出しできない状態に陥っています。)
とほぼ完了しました。ずいぶんな駒損ですので、今後しばらくは持ち駒を増やすことに重点が置かれるはずです。
残った宿題として思いつくのは祥子と三奈子の関係を再構築すること(薔薇の館の住人とスクープ記者、という組織人としての関係から、対等な大人の個人どうしの関係への脱皮…伏線は「BGN」「レイニーブルー」「イン ライブラリー」と多数)ですが、これは祐巳とは直接の関係がないし、両組織のほうを祐巳・真美に世代交代させないと動けないので、もっと先の話ですし、場合によってはそのままお蔵入りになるかもしれません。
ちなみに、『レイニーブルー』からのブレイクの時期は、今野先生の大殺界(天中殺ともいう)の真っ只中です。ひょっとしたらそんな点も影響しているのかもしれません。
『黄薔薇革命』の1冊で動かしてその後につながる人物は実質11人。
メモとして書いておきます。
蓉子 祥子 祐巳 江利子 令 由乃 聖 (×志摩子 単なる使い走り) 三奈子 真美 蔦子
追加:2006/04/06 11:02